「美しさは強さ、そして正義」、これがわたしの持論。

私は幼い頃から、
キレイだなぁと思えるものが大好き。

キレイな女の人はもちろん、
キレイなお洋服も、アクセサリーも。


3歳児にして、自分が着る洋服に対して
強いこだわりがあったし、

「今日のコーディネートのテーマは?」
なんてことまで考えていた。



一方で、ちょっとした進学校に進んだせいで、
メイクはもちろん、爪を磨くのすらNG。

『磨くのは爪じゃなくて、頭にしなさい!』と
先生から何度も注意された。


親を始め、先生にも、周りにも、
私の美への興味やこだわりは理解されず、

なんだかずっと浮いている気がしてた。



美を追い求めることは
「ちょっとおバカな人がするもの」

そんなイメージが、私の周りには
確かにあった。


”美しさ”よりも賢さに価値があるし、
何より”美しさ”は表面的なものにはない
、と。



”美しさ”とは一体何なのか


大人になった今も、その先入観が抜けず、
自分を持て余している気がしている。


美を求めようとしたい気持ちと同時に、
その気持ちをセーブしようとする気持ちや、罪悪感がある。

そして私に
モヤモヤとした葛藤を生み出させるのだ。




でも、私はあえて
ここで声を大にして言いたいと思う。



”美しさ”は強さである。

そして、その美しさを磨くことは正義である。」と。



これは、あなたはもちろん、
弱気な自分へのメッセージでもある。




女性の美しさは神様から与えられた”Gift”


私たちには男性のような腕力も、体力もない。


その代わりに神様から与えられたものが
美しさではないだろうか。



もちろん、美しさに並んで、
”若さ”も強さであり、武器でもある。




でも同時に知っておいてほしい。


時は平等に流れ、
皆、歳をとっていく。



そう、
美しさと若さは、誰しもがいずれ失うのだ、ということを。



「ただ、美しい。」そこに大きな価値がある。


女性が美しさを磨き、
若さを表現するのは、

芸術家がキャンパスの上で
自らの才能や美を追求するのと同じだ。


そこに一体
どんな問題があるのだろうか?


その意味で、
美しさを磨くことは”正義”であり続ける。



ただ、致し方ない場合を除いて

美しさを何かの利益のために使おうとするのは
やめておいたほうがいい。



それは婚活でも同じ。



美しさや若さは、
「ただそこに存在する」ことに
何事にも代えがたい価値があるのだ。




美しさは”自分のため”に磨くものであって、
何かに交換するためのものではない。



美しさを何かに交換しようとした時に、
ある時はもの悲しさを感じさせ、

ある時はその美しさをくすませ、
“打算的な何か”に変えてしまう。


同時に、
美しさは、誰かと比べるためのものでもない。


美しくあろうとする視線の先にあるのは、
他の誰か、ではなく”自分”。


そしてそれは、
外に向かう意識ではなく、
自らの内側に深く向かっていくものなのだ。



最後に


私は、世の女性たちに、
堂々と自らの美しさを磨き続けて欲しいと思う。

女性の美しさは、
この世を明るく照らす光であり、華である。



そして、それと同じ大きさの気持ちで、
”1人で生きて行く力”、”稼ぐ力”も磨き続けて欲しいと思っている。


それは、
美しさを美しさのままであり続けさせられる力を持つこと。


”若さ”や”美”に頼らざるとも
生きていける手段を持つことは、

あなたが永く揺るがない幸せを手に入れる1番の近道。


同時に、もっとも自由で
かつ、女として清々しい生き方な気がしている。









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