自分の人生を考える。そして結婚と。

今日、名古屋まで親戚のお見舞いに行ってきました。

親戚、というのは私の父方のおじです。


ガンが10年前に見つかり、手術。

5年後に再発し、抗がん剤治療を続けたけれど

もう抗がん剤は使い尽くした。


『病院でできる治療はもうない。』って言われたんだよ、と言っていました。


最後に紹介されたのは、自宅往診をしてくれる医院とホスピス。


「医者からも見捨てられたんだ」って悲しそうな顔をしていたおじさん。


幸い、なんとか自宅で過ごせるようになって

ゆっくりとした生活をしている二人。



その自宅に、今日は一人でお邪魔してきました。








このおじさん、会社員時代は

なかなかのやり手営業マンだったようで。


実際、中学生の私にも

“この人はすごい仕事ができるだろうな”っていうのがわかった。


そんなオーラのある人だった。


でもそんなおじさんも、40キロ台にまで体重が落ちた時期もあったらしく

背中は曲がり、本当におじいちゃんぽくなっちゃった。



ホントはね、結構怖かったんですよ。昔は。

声は大きくて響くし、威圧感もある。

とにかく自信に満ちたオーラが出てた。


父の姉であるおばさんも、気がきつそうだし

チキンな私は二人ともちょっと苦手でした。



そんな二人が年齢と、そして病とで

外見も中身も丸くなった姿を見て、

私はなんとも言えない気持ちになりました


以前より仲睦まじく、優しく穏やかになった二人を見て

よかったなという気持ちと一緒に

悲しいような寂しいような気持ちがあった。




おじちゃんが、趣味の写真を私に見せながら

「こうやってね、余生を楽しんでるんだ。」といったとき。


「定年後の余生、じゃなくて、本当の意味での“余生”だな。」って思った。







“残された、限られた、時間。”







私も病院で、いろんな患者さんを診てきました。



悲惨だな、と思う状況の人も診てきた。



でも涙は流さないし、冷静です。



“そんなことも起きうるし、可能性としてありえる。”ってわかってるから。



私たちがフォーカスしているのは

”いかに自分たちのできる最大限の仕事を果たすか”

なんですよね。


今日のLINE@でもお話したけど、そこにリアルに迫る感情はないです。

仕事をしている私達には。




あったら出来ない仕事かもしれない。


医療従事者は、基本的に

あくまで患者の“その時点”しか見ないし、診れないんです。


その人の“人生のストーリー”は見てない。



見る時間もないし、

何より情に流されている場合じゃなくて

常に冷静な判断を下すのが、私たちドクターの仕事です。







でも、こうやっておじさんの人生を

点としてでなく流れで見てきた私には

胸に迫るものがありました。





死が近くに迫っていることで

浮き彫りになる、生。





生きるってこと。


生かされてるってこと。



いつ終わりが来るかわからない、この人生。







このブログ、婚活ブログなんですけど、

私が今日皆さんに伝えたいことは、

“もっと自分の人生に集中しよう”ってこと。




いつ終わりが来るかわからない、自分の人生を考えた時に

やっぱり悔いがない人生だった、と最後に思いたいと思う。






もっと地に足つけて、

自分の人生ってものをしっかり考えてみてほしい。




生かされてるって思ったら、

もっと人間謙虚になれる。





他人がどうだとか、人と比べてどうだ、とかの前に

もっと大事なことがある。







私たち一人ひとりに等しく与えられた

人生の命題は

“自分を生きる”っていうことなんだと思う。






うまく伝えられているかわからないけれど。

もっと自分の人生を大切にして。



もっと自分の人生に謙虚に

真面目に向き合ってほしいなと思う。




そしたら、自分の生き方が

もっとクリアになると思うから。






その人生の流れの中にある、一つの出来事が”結婚”なんです。

正直、結婚してもしなくてもいい。




でも、ただ単に“結婚”を考えるんじゃなくて

大きな流れの中の一つとして考えてみてほしいんです。









あなたは限りあるこの時間の中で

どんな人生を、

誰と一緒に味わいたいと思いますか❔





その問いに真剣に向き合ったら。



あなたのすべての行動と思考が

変わってくるはずだから。





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